昭和50年04月23日 朝の御理解



 御理解 第59節
 「習うた事を忘れて、戻しても師匠がどれだけ得をしたと云う事はない。覚えておって出世をし、あの人のおかげで是だけ出世したと言えば、それで師匠も喜ぶ。おかげを落としては、神は喜ばぬ。おかげを受けてくれれば神も喜び、金光大神も喜び、氏子も喜びじゃ。」

 昨日朝の御祈念の後に吉井の波多野さんがお参りをして、もう椛目合楽を通してもう二十五年間、朝参りを続けておられます。昨日見えてからお届けされるのに、お参りをさして頂く道々「合楽ありて我あり、合楽なくば我なし」そう云う事を心の中に繰り返し、繰り返し言葉にも出し、心にも思うてようも此処までおかげを頂いて来たもんだなぁと思うて、感動し続けて今日は御参りさせて頂いたと云っておられます。
 合楽ありて我あり合楽なくば我なし。戦後のあの険しい中に引上げて見えられ、女手一つで息子さんが三人ですか、娘さんがお二人ですかね。本当にいうなら住むに家無し、家も無ければ職も無いという険しい時に今日まで辿って来られた事を思われたの事で御座いましょう。本当にあぁ言う険しい中に、まあようも今日迄おかげを頂いて、子供達にそれぞれの道を付けられて、そして皆んなそれぞれの学問も身に付け、商売も仕事も皆んなそれぞれに、繁盛のおかげを頂いて、それぞれにお繰り合わせを頂いた。
 一番下の弟の佑三さんに、最近は新築のおかげも頂かれて、佑三の最後の言わば子供さんの結婚も去年、ついこの頃はそのお孫さんも出来られて、まぁ本当にその中には、二十何年の中には様々な事があっただろうけれども、それが一つ一つおかげの元にならせて頂いて、今日の波多野の家があり、私があると思うただけで感動が沸いて来る。本当に親先生合楽がありて私しがあるのであり、合楽が無かったらもし私も私の家もどうなったか解りません、と云うお届けがありました。
 昨日田主丸の共励会が終って、そこから文男先生がやって来ました。そして何時もの様に足を揉んで呉れながら、私は揉んで貰いながら、その事を文男さんに話しましたらね。文男さんもえらい感動致しました。というのは本当に親先生なくば今日の秋永文雄はない、秋永の今日はないという、やっぱり同じ考えだからとこう思います。私はこのお届けを聞かせて頂いて、すぐあのう高芝さん達が昨日は夫婦で、今日はちょっと遅くなったというて、ご祈念の後に見えて、その波多野さんの話をさせて頂きましたら、もう高芝の家とて同んなじ事だと云う訳です。
 本当に椛目合楽を通して二十何年間という間、ようも今日までおかげ頂いてしかも子供達の一人一人の上にも、本当に神様のお働きの間違いなさを、一分一厘間違のいないお働きを、感じさせて貰えるおかげを頂いただけでも大変な事だと云う意味の事を、高芝さんと話した事でした。私は思いますのに、合楽でおかげを頂いておられて、今合楽の中心をなしておられる信者の皆さんが、同んなじ意味の事を私は体験なさり、又そう実感しておられる方達ばっかりだから、合楽は強いと思います。
 合楽無くば無かったら我なしと云う、合楽あって初めて今日の私、私達があるのだと。もし本当に合楽の信心を頂いてなかったらどう云う事になるのだろうかと。是はもう皆さん一人一人の場合でも、それが云へる。それが本当に感じられる云へれる。そこに初めて力がある合楽教会の力になる。いうなら合楽示現活動と云う様な事でも、そういうおかげを踏んまえてでなからなければ、私は力にはならないと思う。
 今頂いとるおかげの事を思うたら、百万長者になったとかね、それこそ金殿玉楼の家を建てたとかと云う事ではない。けれども二十五年の歩みと云うものを、それぞれ信心の歩み、おかげを頂いて来た。後を振り返って見るとです、私はその事を聞いて夕べ皆さんと話しました。あんたどんが知っておる限りの、よその教会のご信者さん方をこうじぃっと見て見るとに。
 成程有名なご信者さんであり、その教会では中心をなしておられる人達だけれども、本当に波多野さんが云われる様な、あんた達が感慨無量にならせられる様な、おかげになっとらん様な感じがするねえと言うて話した事でした。よその教会でご縁を頂いておられる方達の、なぁ長年信心を続けておられる方達が、本当にに果たして是程の実感を感じて。為に教会に尽くす事の、いかに有難い事が云うならば神も喜び、金光大神も喜び氏子も喜びじゃと云う所に、今日私はピッタリと云う感じがします。
 合楽の皆さんの場合思うて見て御覧なさい。それは必ず二十何年でなくても良い。二年でも三年でも五年でも良い。是は合楽に御神縁を頂いたと言う事は、愈々私も家も助かるぞと云う一つの明るい一つの兆しと云った様な物を感じる。いやこのまま行けば、言うならばあの世までもの見通しが段々付いて来た。このまま本気で魂を清める事に努めさせて頂く、と言う事に精進しておる方達でなからねばそれは思われない。
 ただ目先目先だけのおかげに終始しておる事だけでは、そういう考えは沸いて来ないのじゃないかと思うんです。私はこの事を昨日はしきりに思わせて頂いた。有難いなあと言うても是ほど有難いことがあるだろうかと思うです。只そん時に病気が治りました。あん時あんな道が開けましたいうのではなくてです、もう家ぐるみと申しましょうか、あの世この世を通して助かって行けれる道がですね出来た。
 本当に合楽ありて我ありであり、合楽なくば私はない。私の家は今頃どうなっておったであろうか。それは俗にも申します様に、鍋の中のどじょうですらどうとかなるという。だから、どうとかなっとる事は間違いないでしょう。信心がなかってどうだって。例えば昨日高芝さんのそのお届けの、息子さんの事なんかでも、次々息子達の上に様々な難儀の様相と言うか、困った事とか、言うなら大変な事が起こって来るんだけれども、お取次を頂いて、いうならば盤石の構えというかそういう安心が何時もある。
 そしてお取次を頂いて行く所に、もうお父さんお母さん本当に金光様の信心の間違いない事が良う解ったと、息子が云い嫁が云い、お父さん達の信心を本当に受け継がして頂かねばいわば、言わばならない事をそういう意思表示を、例えば、昨日嫁から電話がかかって、こう云う電話が掛かって来ましたと云うて、昨日お母さんがお届けけしとります。だからそう云う事がその事一事だけで終わって、あん時ああ云うおかげを頂いたでなく、もしそれがですあの時、親先生のお取次頂かなかったから。
 自分達の考えだけで進めておったら、ならこの頃の長男の問題だって、今度の弟の問題だって、どうなるやらどうなって行くやら分からない程しの複雑な難儀な内容を持った事柄だったんです。もう今度の弟息子の事の問題だってです、もうそれこそ神様の働きちゃ、何と素晴らしい事かというおかげになって来ている。それは本当にビックリするというか、そういう時に、兄弟皆んな親子は勿論ですけれども、ここにどうある事が信心かと言う事に何時も焦点をだして行っておる。
 親先生はどう仰るかと言う事に何時も焦点を置いておる。そしてまあいうならば、掌平を返す様なおかげに展開して行っておる。是がもし信心が無かったら合楽でなかったらば、是がどういう複雑な事になって行っておる事であろうか。それがなら子供達の不幸の元になったとも限らん。高芝の家の不幸の元になったかも解らん程しの内容の事柄が、なら一事二事ではない。二十五年間ね高芝さん当りでもそうなんです。
 二十五年間に様々な所を通らせて頂いたか、どの一事だってです御神護の中にあった。お取次を頂いての働きを受けての事であったと、私はそれこそ波多野さんならずとも、そう言う聞いて見て、其の事を聞いて改めてそう言う考えに耽らせて頂けれる有難さを皆さんが体験を、又はおかげを有難さを感じられるだろうと思います。今朝の御理解を頂てです、ほんなごと誰さん彼さんじゃなくて、自分の事と思われるに違いない。
 それであってこそ初めてです、神も喜び金光大神も喜び、氏子も喜びだと、もう本当に私はそれを聞かせて頂いてです、お取次さして頂く冥利に尽きる想いが、昨日は頂きました。取り次ぎをさして頂いた、大坪総一郎のまた喜びと言う事になるのじゃないでしょうか。よう辛抱したの、よう此処までおかげを頂いて呉れたの、と言うてこっちが御礼を言いたい気がする。そこでなんです。どういう信心が焦点でなからなければならないかと云う事で御座います。
 昨日久留米の佐田さんが、今日は販売会議を開きます。付いてはどういう心がけでその会議に臨ませて頂いたら、社長としてどう言う気持ちで居ったら良いかというお届けがありました。そうしたら『静かに湧き出る』という事を頂いた。その事問題でじゃなくて、静かに自分の心の底から湧き出てくる事、その事を発言すれば良いんだと云う事です。そして『売る事よりも売れる事を祈れ』と云う様な意味の事を頂きました。
 売る事よりも、販売会議と言うならばどうすれば売れるかと言った様な事を、まぁそのう焦点においての会議で御座いましょう。けれども売る事よりも売れる事、私はそれを頂き、素晴らしい事だと思います。商売が例えば大繁盛のおかげを頂きます様にと云う事よりも、大繁盛する様な信心をまづすると云う事です。例えば又波多野さんの例をとりましてもです。初めは自分一人の働きであった。子供達はまだ学校でありもうそれこそ一生懸命の、あれは吉井の鳥越製粉に勤めておられましたんですよ。
 それ製粉に勤めながら、所謂当時の椛目通いを一生懸命されれた。その中にはそれこそ様々な事がありました。例えば五十八節の所にです。人が盗人じゃと云うても、例えば乞食じゃと云うても、人の物を盗らねばよし。乞食じゃと云うても貰うて歩かねば乞食ではないと、神が良く覧ておるシッカリと信心の帯をせよ、と云う様な御理解があります。二十五年間の間には様々な事があったろうと思います。もう人の口には戸が立てられん様な事を言われなさった事もあろう。
 この難儀はどうして乗り越そうかという時もあったろうけれどもです、それを一つ一つしっかり信心の帯を締め直しながら、二十五年間辿って来られて、今日この考えである、合楽ありて我あり、合楽なくば吾なしという、云わば実感がです。おかげを頂いて来なければこういう言葉にはなって出て来ないのです。私は昨日文男さんと話したのに、OO教会のOOさん達ちゃあぁ言ういわば熱心で、又はそこの中心になさって居られる様な信者さん達をこう。いっちょ思うて見てんの。
 続いて居ると言うだけで、そう言う一つのおかげの成長と云った様な物が、信心の成長と云った様なものが十年前もあげな事云い御座った。二十年前も、あの程度じゃったという人達ばっーかりじゃろうがと、私が申しました、夕べ文男さんとの話なんです。けれども、合楽の人達の場合誰を見ても彼を見てもです、信心の成長と同時にです。本当に合楽のおかげで、今日までよう続けられたと言う物を皆んな頂いておられると云う事なんです。しかもそれがです。
 最後の言うならば貧争病のない世界に住まわせて頂くだけではなくて、それこそ真・善・美の世界にもこう住み替えて行こうとしておられる人達ばっかりなんだ。どんなに考えても嬉しい事だ有難い事だ。成程神様が喜びなさらん筈がない。金光大神が喜びなさらん筈がない。取次をさせて頂いた私が、そう言う方達に御礼が言いたい思いがする。そして自ら自分自身も有難いと言う事なんです。私は是だけはね、合楽の自慢話ならここに尽きるのじゃないかと思います。
 合楽程一家勢を揃えて信心しとると云う様な、言うなら教団の中にもです、そう云う所はないのです。お婆さんは信心しござるばってん、息子さんはさっしゃらんとか、嫁御はしょるばってん、主人はせんとかと言った様なね。昨日勿体島の小西さん達が夫婦でお参りして来た。もうそれっこそです、どんなに主人が人前に出るのが嫌い。信心が嫌いと言う訳じゃないけれどもです、けれども兎に角、御礼参拝せねばおられない程しの、おかげを頂いとるからお参りして来たんです。
 私は、もう四時退がろうとしておる時でしたけれども、此処へお参りをして来てから、そのおん一言参りして来た事と神様にお願いして、そのご理解を解かせて頂いて、今この事を申さして頂いとりましたら、もう感動が沸いて来てから、こちらに顔が向けられん位に、あの感動するのです。何がこんなに感動になるんだろうかと思わして頂いたら、あの重子さんと言う、奥さんが言われるのに「本当に親先生あっての小西一家でございます」という事でした。
 私は始めて是は先日から一人子供達が出産の時からの御神縁で、段々おかげ頂いてその後、長い間疎遠になっとりました。合楽示現活動が始まるやそれこそ否や、原さんがその事を行かれて、ある難儀な問題もあっての事で御座いましたから、お参り続けて今日、そしてそれが一つ一つおかげになってです。その何十年振りに聞かせて頂いたんですけども、あの最後の子供が生まれる時には、小野先生の所でしたでしょうか。勿論逆産でしたがね。あの口から産まれたそうです。私は初めて聞きました。
 それこそもう可笑しな恥ずかしい話ですけれども、こうでしたてとても是が普通で生れるとは、先生も後でそう言われた。自分達も聞いて驚いたと言う事でしたけども、まあ子供達の出産の時から、もうおかげを頂き、当時田主丸におりましたか、田主丸の難儀の時あゝいうおかげを頂いとって、どうして信心を一時でも、どうして止めただろうかと今云っております。最近御主人の病気丁度御大祭を境におかげを頂いた。
 それで早ようお参りさして頂いて御礼にと、本当にけれどご主人が人前に出るのが嫌いな質で、けれども矢張りお礼参拝さして貰わにゃおられない。所謂昨日合楽ありて我あり、合楽なくば今日の小西はないという、それがあの様な感動を呼んだのだろうと、後で話した事でした。そう言う信心をなら二十数年年前に信心されて、そこから疎遠になっておって一生懸命熱心なお参りさして頂いとりますが、その二十五年間をひっくるめてです、御神護の中にあった。
 小西一家の上に神様のこう言うお守りを頂いておって、今日此の様なおかげを受けておると云う実感が、もう合楽からはなれないと言う感じであります。是からは夫婦親子揃うて、子供達は熱心に参って来るんです。それぞれに就職して、今遠方に行っとりますけれども、今は夫婦でですから又夫婦揃うた信心が、昨日を境に出来る事だと思いますけれども、合楽場合にはそこにきはっきり信心の無かった時代、頂く様になってからの世界と言う物が、全然変わったおかげを頂いとると云う事です。
 本当の信心なそれを五年、十年経って見ると尚がはっきりそれがして来るのです。波多野さんじゃないけれど、二十五年間経って見て自分の信心の歩みと言う物を思へば思う程、様々な事があったけれども、二十五年間参り続けさせて頂いておる内ににです。此の様な有難いおかげに継がらして頂いて。先日も御普請があった後にです、一番こちらの部屋から向こうの部屋までずーっと見てです。
 お庭を見透かして頂きながら、庭には本当にあのう、床の間には素晴らしい軸が掛かって、それからあのう香炉が置いてあって、香が部屋に炊き込めてあって、こっちでじっと庭を眺めさして頂いて、親先生が最近仰る真善美の世界ちゃこう云う事だろうと、それこそ感慨に耽らして頂いたというお届けを、先日もなさっとられました。どうして女手一つで、こんな事が出来ただろうかと云う事なのです。本当に合楽なくば我なしであり、合楽ありて自分があると云う事をです。
 私は本当に実感さして頂ける程しのおかげを受けて初めて、この五十九節が解るのじゃなかろうかと思います。習うた事を落としてしもうたり、忘れてしもうたりして、それでは師匠は喜ばん。習うた事をそれを言うなら体得して、此の様なおかげを頂いたと言えば、師匠も喜ぶとこう云う事です。合楽の場合皆さん、信心を続けている限りの方達は、皆んなそれが言えれる人達ばっかりだと。
 だからそれを改めて私共は頂きなおさして貰うてです。一つ皆さん此処の所を繰り返して言うって御覧なさい、何年かの信心がずうとそれこそ走馬灯の様に、心の中に浮かんで来るでしょう。そしてようもまぁおかげを受けたもんだなぁと思われるでしょう。それをです神も喜び金光大神も喜び親先生にも喜んで頂き、又自分達も此の様なおかげの中に浸っておると云う、その喜びをです示現活動に現して行かなければならないと思います。
   どうぞ。